静かな祈りにも似た本屋大賞「流浪の月」に感じ入る土曜日のこと

2020年の本屋大賞受賞作として、少し前から書店で大きく取り上げられていて、インスタやツイッターでも見かける機会が多い「流浪の月」。

本屋大賞作品はハズレが少ないと個人的にも思っているので、本作もきっと面白いのだろうと気になっていた。

(かがみの孤城、蜜蜂と遠雷、羊と鋼の森、鹿の王、舟を編む、天地明察、ゴールデンスランバー、一瞬の風になれ、東京タワー、夜のピクニック、博士の愛した数式…思ったより大賞作品読んでるな🤔)

気になる作品はなるべく事前予習せず、まっさらに近い状態で読みたいと思っているので、なるべくネタバレやあらすじには遭遇しないよう、SNSで流れてくる投稿も薄目で眺めていたのだけど、ある時たまたま見ていた「王様のブランチ」でガッツリ紹介されている場面に出くわしてしまった。

それによれば、あらすじは次の通りだった。

(※これを読んでいる、わたしと同じく事前予習したくない派の方は、ちょいっとスクロールしてくださいね。この後、なるべくあらすじに触れないふわっとした感想が続きます)

幼女誘拐事件が起こる。大学生が幼女を誘拐し、監禁したという。その犯人と被害者である二人は、世間が考えるような間柄では無かった…

と、まあこんな感じで。

ところでわたしは、関係性を描いた作品と聞くと読まずにはいられないタチだ。
恋愛小説というよりも、どちらかといえば恋愛未満のものが好きで。

(AがBに異常に思いを寄せていて、Bがホトホト困っている…そういうパターンとか、幼馴染だけど恋愛には発展しないけどでも好き…みたいなパターンとか、AとBは主従関係だがBはいつかAを転落させたいと願っている…みたいなパターンとか…)

なんと形容したらいいか分からないけど、確かにそこにある“関係性”を、言葉を費やして表そうとする試みを読むのが好き。
そこで描かれる心理描写が丁寧であればあるほど、人間らしい感情だなと思えるから。動物はそんな余計なことはきっと考えない。人間だからこそややこしく、だからこそいとおしい。

そんな小説を、わたしは“関係性小説”と勝手に名付けて偏愛している。
※ タグ作ったので他の関係性小説も良ければどうぞ(数少ないけど…)

さてこの「流浪の月」、先ほどの王様のブランチを見たわたしは案の定、「アッッこれ絶対関係性小説じゃない!?」と一気に読みたくなったのでした。
たまには予習もいいものですね。

でもな〜表紙がなんか、あんまり好きじゃないんだよな〜可愛らしすぎてな〜とモジモジし続け、ようやく手に取ったのが6月の木曜日のことでした。

結果、とっっっても良かったので、この不思議な読後感を忘れないうちに書き残しておこうと思う、そんな土曜日について書いていきます。

感想:良かった…とただ頷き合いたい

いろんな主題が織り込まれているなと思った。

育児放棄、被害者と加害者のプライバシー、善意が時に鋭い刃となること、思い込みという罪、他者との隔たり、罪とは?愛とは…?

傷ついた獣はそっとしておくしかないように、読み終えたわたしに出来ることは、二人の旅路が幸多かれと祈り願うことだけに思えた。

ネタバレや物語の結末を時々わたしもこのブログに書いてしまうのだけど、本作はそうするべきじゃないと思った。
そうすることが憚られる静謐な世界観があって、それが苦くて悲しかった。

けれど、読後感はむしろ「良かった………」と放心するような感じで、それがすごく良かった。物語として完璧じゃないか。

思わず本を閉じて、ソファに頭を預けて上を見上げたものね。
そして、もし読み終わった人が横に居たら、見上げたまま横を向いて、静かに頷き合いたいと思った。

「良かったね…(頷く)」「ね……(頷く)」てな感じで。

この“読めば分かる”感じ、ぜひ味わってみてほしい。そして頷き合って、二人の幸せを静かに祈ろう。ただそれだけでいい。

感想:静かな文体も良かった

穏やか…という感じではなく、淡々としているというか、静かな湖面のような文体も印象的だったな。

夏の温度、氷たっぷりのサイダー、寝転がりながら食べるピザ…
多幸感がもたらす射し込むような痛みと、彼と彼女とを縛り付ける痛みとが、沁みるように伝わってきた。

少し前に読んだ「羊と鋼の森」を読んだ時も同じようなことを思ったけど、羊と鋼の森よりも、人物の心理描写に重きを置いているように感じた。

心理描写が巧みで丁寧だから、更紗ちゃんが何を考えて生きてきたのかを、読み手たるわたしたちはよく理解することができて、彼女の周囲を取り巻く無遠慮な視線や恋人との断絶にわたしも一緒に傷ついて、彼女の抱える怒りにわたしも一緒に震えた(勿論、底の浅いものだけど)。

それらの傷や怒りも全て静かに描かれるから、読んでいて疲れないし、もっと知りたい、もっと分かりたい、続きが読みたい…とグイグイ読み進めることにもなった。

著者の凪良ゆうさんは元々BL作家とのことですが、Twitterでご本人も「BLを卒業していないし飛び出していない」とコメントされている通り、今後も一般文芸とBL、どちらも書いていくそうですね。

今回初めましてだったのですが、これだけ繊細で美しい小説をお書きになる、そしてBL作家としてキャリアを積んできていると思うと、きっとBL作品も面白いんだろうな…と思った。読んでみようかな🤔

TIPS:カバーを外して読むのもおすすめ

表紙があんまり好きじゃ無いな…可愛らし過ぎて…と思っていたのだけど、読み終えたら表紙の意図も分かって好きになった。

オススメなのは、カバーを外して読むこと。
(元々綺麗に保管したいので、読む時にはカバーを外す派なんだけど)

うっすらと印刷された模様、微かに読み取れる「The Wandering Moon」という英語タイトル、内側に織り込まれた表紙…

落ち着いて品のある感じが作品の雰囲気にぴったりだな〜と思ってツイッターに呟いたら、相互フォローの方が「フランス装というらしいですよ」と教えてくださった☺☺

装丁を楽しむのも読書の醍醐味だよね。
図書館で借りてしまうとビニールで保護されてしまうから、なかなかこういう楽しみ方は出来ない。もちろん図書館も大好きで、とてもお世話になっているけれど。

俗な感想も少しだけ

※少し物語の内容に触れているので、未読の方は読んじゃダメですよ!

「この作品にネタバレは全くもって似つかわしくない」「読んだ人はその静謐さに胸を打たれ、ただ頷くだけでいい」などとぬかしておきながらアレですが、そうは言っても俗な感想も思い浮かんでしまうのでちょっとシェアさせていただきたい。

① 更紗という名前といえば

BASARA(田村由美著)ですよね!!!!と思いながら読んでた。
BASARAめちゃくちゃ面白いですよね。クソジェットコースター漫画(※少女漫画)で、名作と名高いので去年コミックレンタルしたら見事にハマりました。浅葱派です(聞いてない)。

田村由美さんの漫画、どれも面白くて「7SEEDS」「ミステリと言う勿れ」も好きです。ちょっとお説教くさいけど笑 引きが強すぎて一気読み必死です。

② 亮くんの脳内キャスティング

錦戸亮さんだな…と思いながら読んでた。
名前が一緒ということもあるけど、なんでしたっけあのドラマ…宇多田ヒカルが主題歌の…(検索)…ラストフレンズだ!

https://www.fujitv.co.jp/b_hp/lastfriends/

怖いんよ…当時大学生だったのだけど、友だちと毎週震えながら楽しみにしていた記憶がある。このドラマを知っている人は、“錦戸亮”というアイコンが何を指し示しているかすぐに分かるはず。そういうことです

ツイッターで読了ツイートを読んでいると、キャスティングを想像されている方が他にも居て「へ〜☺」と思いながら拝見していたのだけど、個人的には映像化してほしくないな…と思ってしまう。

文と更紗のことを、見世物にする必要は無いと思うのは、行き過ぎた感情移入かな?
彼らの欠落、彼らの不具合は彼らだけのもので、二人は物語の中で必死に生きているのだから、それでもういいじゃ無いか、と思ってしまう。

でも、本屋大賞作品は映像化されるのが既定路線だからな〜、もしそうなったら亮くん役は錦戸亮さんがいいな〜、ちょっと年齢合わないけど(亮くんは29歳で、錦戸亮さんは35歳なので)。

最後に好きな場面を(自分の備忘として)

※未読の方は読んじゃダメですよ!

 ちょっと代わってとターナーをわたしに譲り、お母さんは棚から美しい水色のボンベイ・サファイアのボトルを取り出した。それに真夏の草原みたいな緑色のグリーンペパーミント、レモン果汁とシロップとソーダをステアして、氷をたっぷり詰めた大ぶりのグラスに注ぐ。できあがった薄い緑色のお酒に目を細め、お母さんはこくんこくんと音がしそうに飲んだ。お母さんの得意技はお酒をおいしそうに飲むことだ。お母さんの爪は、薄緑色のお酒にぴったりのラメのマニキュアが塗られている。サーティワンアイスのポッピングシャワー色だ。

P17より

幸せで少し変わった家内家の描写が好きだった。これらが魅力的な分、叔母さんの家に引き取られた後の更紗ちゃんの寂しさや心が閉じていく感じが、読み手にも切迫感を伴って伝わってくる。もちろん二人のしたことは良くないことだけれど、二人ともがそれぞれに、どうしようもないくらいに追い詰められていた。

 急激にクラレンスとアラバマの姿がぼやけてくる。鼻の頭が熱い。頰を滴り落ちる涙がくすぐったい。悔しい。こんなの全然なんてことないという顔をしていたい。だってこれじゃあ、わたしはかわいそうな子みたいじゃないか。

P58より

更紗ちゃんの苦痛は理解できようもないけど、「全然なんてことなという顔をしていたい」という下りには、それこそ痛いほど共感した。そうか、あれは悔しさだったのだな。「トゥルー・ロマンス」観てみたいな。

 --わたしはおかしいんだろうか?
 --みんなが正しくて、わたしが間違っているんだろうか。
 いいえ、それでも正しいのはわたしだと世界に挑めるほど、わたしは強くない。わたしは賢くない。だからもうひとりの当事者である文に頼ってしまう。わたしは間違ってないよねと問いたくなる。わたしを消してしまった人に向かって、心の中で問い続ける。

P124〜125より

ここも、全然分からないけど、少し分かる気がする。世界に抗うには、自分が正しいと思い続けるには、強さか賢さが必要だという点で。
更紗は決して弱くはないし(芯が強そう、と亮くんの家族や谷さんにも言われているし)、文と再び過ごすようになって生来の自由や伸びやかさを取り戻していくのだけど、それでも、世界に抗うのはやっぱり難しいことだよね。

「すごく自由だったよ」
 今の自分からはかけ離れた感想だった。
「よく知らない他人の家で、きたその日からぐうぐう寝て、次の日も帰らず、俺が用意した朝食を食べ散らかしてまたぐうぐう寝てたし、目玉焼きにケチャップかけるし、過激なバイオレンス映画を観るし、ちょっと引くほどのびのび暮らしてた」
「引いてたの?」

P168〜169

 遠からず訪れる救いの日に向けてカウントダウンがはじまったが、それは想像していた恐ろしい日々ではなかった。ぼろぞうきんのようだった彼女は、実は更紗という美しい異国の布の名前を持つ王女であり、更紗はぼくの知らないことをたくさん知っていた。どれもたわいのないことばかりで、そのたわいのなさに、ぼくは信じられないほど救われたのだ。
 更紗は傍若無人なほど自由だった。
 それはぼくの知らない、光り輝く世界だった。

P286〜287より

文パートは全編ずるい。全シーン名場面といっても過言ではない。急に読者サービスするなんてずるい。オタクが大好きなやつじゃん!
「これまで語られてこなかったあの頃のアイツの気持ちを、モノローグという形で読者だけが知れてしまう」やつじゃんッ!(大好き)
「読者だけがそれを知っていて、文くんがそう思っていることを更紗ちゃんは一生気づかないけど読者だけは余すことなく知っている」やつじゃんッッッ!(ありがとうございます)

「今度はもっと南にいこうかな。沖縄の離島とか。それとも北。北海道は食べ物がすごくおいしいでしょう。思い切って海外もいいかも。台湾とかインドネシアなんて素敵」
 更紗は旅行にでもいくような身軽さで話し、ねえ文?とぼくに同意を求めてくる。ぼくの自由の象徴は、今も変わらずそうであり続けている。ぼくはうなずく。
「更紗のいきたいところにいけばいい。どこにでもついていくよ」

P310より

これを読んだ読者は本作を読み終えた後、第1章に戻ったり各章のタイトルに思いを馳せたりする確率90%超とわたしは見ている。
そして、文くんと更紗ちゃんは、もう繋いだ手を離すことはないし、繋いでいる限り、何があってももう二人は絶対に大丈夫なのだということが、これ以上ないほど伝わって来て、その静かな感動に身を浸すのだ。

他者と真に分かり合うこと、大切な人と手を繋ぎ続けること、それらは何て難しくて、それ故に心を救ってくれることだろう。
大切な人を大切にしたい、と改めて思える、良作でした。

最後までお読みいただき有難うございました!